本 夜と霧

夜と霧 新版

夜と霧 新版

その昔、学部生時代の頃から読んでおくべき本と聞いていてそのままになっていた一冊。新版として、新しい訳で出版されていたのを烏丸三条の大垣で見てすんなり選んでしまった。なぜこの時に?
内容についてまったく知らなかった事を、読み始めて知る自分。いいかげんだなあ。でも、落胆とは反対の方向で静かにどんどんひきつけられていく。強制収容所に収容された著者の体験を綴ったものである。原題が「心理学者、強制収容所を体験する(新訳)、ある心理学者の強制収容所体験(旧訳)」とあるように、心理学者の体験記である。しかし、決して、特権を与えられた学者としてではなく一収容者としての体験ーが、もちろん心理学者のーが綴られている。体験はよく知られているように尋常ではなく残酷で信じがたい事の連続であるが、その中にでもある人間である事の素晴らしさを読む人の心に湧き起こさずにはいられない。
 収容所での体験に加えて、放免されてからの人びとの思いについて触れられた章があるのだが、まさに死ぬ思いをして生還したのに、元の生活に戻った人間が感じる失意と不満について語られたことが印象的であった。もっとも元になどもどれないのであるが・・・他者も精一杯の生活で、期待したほど共感も同情もされず、自分が体験したあの生活は一体なんだったのかと問い直す事からそこからさらに苦悩が深まるのだという。他者を信じて乗り越えられたものが、そこで途切れてしまう苦しみ。解放で終わり、終戦で終わりでは決してない事の一端がうかがえる。
まだまだ考え続けたいことにいろいろ出会えた本書。あとがきに、旧訳の訳者も一文を寄せられていて、その文章も素晴らしく、旧訳でも読んでみたいと思っている。